天皇寺の口コミ
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四国八十八ヶ所第七十九番札所である天皇寺は、奈良時代から続く由緒ある寺院です。
その起源は天平年間に遡り、四国巡錫の際に当地を訪れた行基が、鉱石の産出が豊富な山をカナヤマビメとカナヤマヒコの神々が鎮座する山として金山と名付け、その中腹に薬師如来を本尊とする金山摩尼珠院を建立したことに始まります。
810年から823年(弘仁年間)、弘法大師空海がこの地を訪れ、金山の岩窟での修行中に霊験を感じました。
近くの八十場の泉を流れていた霊木で十一面観世音菩薩、阿弥陀如来、愛染明王の三尊像を自ら刻み、寺を現在の地に移して金華山妙成就寺摩尼珠院として中興しました。
1156年(保元元年)、保元の乱に敗れた崇徳上皇が讃岐に配流された際、この寺をしばしば訪れ、空海作の阿弥陀如来像に深く帰依したと伝えられています。
1164年(長寛2年)8月に上皇が崩御すると、都からの葬儀の指示があるまでの20日間、遺体は八十場の泉に浸けて保存され、棺は当寺に安置されました。
その後、上皇の冥福を祈って境内に崇徳天皇社が建立され、後嵯峨天皇から永代供養の詔が下されたことから、「天皇寺」と呼ばれるようになりました。
寺は次第に発展し、境内は3万坪にまで広がりましたが、天正年間の兵火により焼失。
その後、摩尼珠院の筆頭末寺であった高照院が跡地に移転し、本尊を移して「天皇寺高照院」として再建されました。
江戸時代には朝廷と讃岐藩主松平家の庇護を受けて復興し、現在も朝廷からの菊花紋入り三方と松平家からの葵紋入り三方が伝わっています。
明治時代の神仏分離により、寺院と神社は二分されることとなり、崇徳天皇社は現在の白峰宮となりましたが、古くからの神仏習合の精神は今日まで受け継がれています。
十楽のうき世の中をたづぬべし
天皇さえもさすらいぞする
2026年6月15日(月)
グランドオープン